私地私民制

日本史

私地私民制とは?

私地私民制とはヤマト政権時代の制度で、豪族たちはそれぞれ土地と人民を所有していました。

地方にはヤマト政権に従う豪族と、ヤマト政権に従わない豪族がいました。

ヤマト政権に従う豪族は、国造 (くにのみやつこ)という役職に任命して、田荘(たどころ)という土地を与えました。

ヤマト政権に従わない豪族からは土地を奪い、ヤマト政権の直轄地としました。

屯倉(みやけ)ヤマト政権の直轄地
子代(こしろ)・名代(なしろ)ヤマト政権の直轄民
屯倉を耕した農民は、田部(たべ)呼ばれています。
田荘(たどころ)豪族が所有していた私有地
部曲(かきべ)豪族の私有民
田荘は部曲が耕作していました。

品部(しなべ)とは?

品部とは、ある特定の技術を持ってヤマト政権に仕えていた人々のことです。

品部を統率した豪族を伴造(とものみやつこ)といいます。
伴造に率いられた品部たちが、さまざまな品物を作って朝廷に捧げていました。

品部の具体例

弓削部(ゆげべ)弓の製作を職業としていました。
錦織部(にしごりべ)織物を専業としていました。
韓鍛冶部(からかぬちべ)鍛冶屋の集団で、鉄製の武器や馬具を作りました。
土師部(はじべ)土師器(はじき)という土器を作る集団。
土師器は弥生土器の流れをくむ、やや赤みを帯びた土器です。
土師部は古墳の周りに並べられた埴輪も作りました。
陶部(すえべ)須恵器(すえき)という土器を作った集団。
須恵器は朝鮮系の技術で作られたねずみ色の土器です。

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